今日は鍛金職人を目指す友人と河井寛次郎記念館に行く予定だったのだけど、彼女が素材を買い付けに行きたいということで、昔お世話になったという親方のところにお邪魔した。
職人の家は一階がこじんまりとした作業場になっていて、雑多とはしているが必要なものしか置いていない。
見たこともない道具がずらり。どんな工程でどのように使うのだろう?
金槌だけでも何十種類もある。あらゆる道具を自分の手足のように、つくるものによって使い分ける。
友人が「こんなスプーンを作ろうと思っているんです」と、
持ってきた既製品のティースプーンを見てもらうと、
「何に使うものなんだ?」と親方。
紅茶葉をすくうためのものだと説明すると、
「これは紅茶をすくい易いのか?」
「何人分の茶葉をすくうものなのか?」
「既製品の一般的なかたちを参考にするのはなぜか?」
など、質問攻め。
「いくら技術があっても、良いものを見ないと良いものはつくれない。
何に使うのか、どう使いたいのか、
そこから考えることがものづくりってもんだ。」
体験するということ、考えるということ。
ものづくりだけでなく、どんな事にもいえる一喝だと感じました。
職人の家の記録>>http://www.zorg.com/photo/staffq/

